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アンモニア燃焼が切り拓くクリーンエネルギー供給の道

大阪大学大学院 工学研究科 赤松 史光 (あかまつ ふみてる)教授
大阪大学大学院 工学研究科 中塚 記章 (なかつか のりあき) 特任研究員

 

日本で生み出されるエネルギーの約90%は化石燃料の燃焼によるものです。例えばクルマのエンジンはガソリンをレシプロエンジンで燃焼させることによりエネルギーを得ており、また火力発電は天然ガスや石炭などを燃焼させて電力を生み出しています。
しかしながら、燃焼によって排出される二酸化炭素(CO2)、窒素酸化物(NOx)は、地球温暖化や大気汚染に影響を及ぼすと考えられており、それらの排出ガス中の濃度を抑制する燃焼方法の開発が進められています。
このような背景から、カーボンフリー燃料として期待される水素やアンモニアを用いた燃焼システムの開発ニーズが高まるなか、アンモニア燃焼において世界をリードする研究成果を出されている大阪大学大学院 工学研究科 赤松 史光 教授と中塚 記章 特任研究員のお二人にお話を伺いました。

 

Episode1: 車好きが燃焼研究の原点

中塚 記章 特任研究員(左)赤松 史光 教授(右)

赤松先生: 学生時代、私の研究室では、燃料から得られるエネルギーに対してどれだけ仕事をとりだせるか、また瞬間的にどれだけパワーを出すことができるかを研究していました。
例えば、エンジンでいうと出力、クルマでいうと加速に対して、有害物質を出さずに燃料を効率よく使うための研究です。いわゆるエミッション低減や燃費向上といわれる分野になります。元々自動車やバイクのエンジンに興味があり、当時はディーゼルエンジンに使われている液体燃料を霧状にして燃焼する噴霧燃焼の研究をしていました。

中塚先生: 私は子供の頃から自動車用の内燃機関に興味があったので、大学では燃焼の研究室に入り、得られるパワーよりもどのようなガスが排出されるかに力点をおいた研究をしていました。
木質バイオマスのガス化におけるガスの部分燃焼改質※1を研究テーマとし、ガス化で排出されるガスの部分燃焼、つまり不完全燃焼したときに改質されるガスがどういう組成になっているかを調べていました。燃焼から得られるエネルギーは当然大きい方が良いのですが、排出されるガスはレギュレーション(規制の値)に適応しななければなりません。そのためガスの組成分析とパワーの評価は両輪で進める必要があるのです。

Episode2: 立ちはだかるNOx発生と排ガス計測の壁

赤松先生: CO2の削減に向けて将来的にバイオマスが不可欠だと思っていたので、私の研究室では早くからバイオマスの研究を始めていました。そういった背景もあり、クリーンエネルギーとしてアンモニアが着目されはじめた頃、ある学会でアンモニアの共同研究のお誘いを受けたことをきっかけにアンモニア燃焼の研究を始めました。
アンモニアを燃焼するとNOxを排出しますが、私たちの研究室ではNOxを極力排出しないアンモニアの燃焼方法の開発に取り組みました。NOxは光化学スモッグや酸性雨などの原因物質として排出量が規制されており、NOx低減の観点からいうとNOx排出量が増えることが推測されるアンモニア燃焼は逆転の発想となります。当時の常識として、エンジン燃焼では燃料に窒素(N)が含まれていると必ずNOxが大量に生成されると考えられていました。ある企業の方から「NOxを出さない燃焼は絶対にできない」と厳しく指摘を受けたこともありました。

中塚先生: アンモニアは燃えにくいことが知られていたので、燃えにくいものを燃やすための創意工夫も必要となります。さらに燃焼させるものが異なると、その燃焼周辺部の材料についても新たな検証が必要となります。
例えば、燃焼に用いるガス供給時の温度は低いのですが、いざ燃焼が始まると1,000℃以上になるので、燃焼場の材質も試行錯誤しました。

赤松先生: 従来のアンモニア燃焼の排ガス測定方法は、アンモニアをNOxに酸化して測定する方法が主流でしたので、アンモニアとNOxが共存する状態でアンモニアを測定することは極めて困難なことでした。
さらにアンモニアは水が凝集するとそこに溶け込み、アンモニア水になります。水に溶け込んでしまうと、気体として存在しているアンモニアの濃度を正確に測定できなくなるため、ホットサンプリング※2が必要でした。

Episode 3: 排ガス分析装置“MEXA”とともに歩むアンモニア燃焼研究

赤松先生: 立ちはだかる数々の壁に立ち向かうため、アンモニアの二段燃焼法※3という方法を用いました。一次燃焼領域では燃料過濃状態で燃焼させ、故意に未燃分を出し、その未燃アンモニアもしくはアンモニアの熱分解成分でNOxを脱硝することができる方法です。この方法は炭化水素燃料では低NOx化に有効であることが実証されている方法ですが、アンモニアを燃料とした工業炉ではまだ実証されておらず、工業炉を使った実験は私たちの研究室が初めて試みました。このアンモニア燃焼でのガス分析、燃焼効率をはかるために、HORIBAの排ガス分析装置MEXA(以下、MEXA)を使いました。
脱硝はクルマの排ガスからNOxなどの有害な物質を取り除く技術です。アンモニアはNOxの脱硝材として使われていますが、実際にどの程度NOxを削減できるかは未知数でした。その中でMEXA を使って燃焼後のNOxを測定したところ、NOxの規制値をクリアできることが判明したのです。この研究のポテンシャルを見出すことができた瞬間でした。

⇒レーザ吸光法自動車排ガス測定装置 MEXA-ONE IRLAM 製品サイトへ

中塚先生: NOxとアンモニアが共存して燃焼する条件を見出し、数値上でも共存していることをMEXAで確認できた瞬間は今も忘れられません。MEXAは素晴らしい分析装置だと実感しましたね。その後、実験を繰り返し行い、チャンピオンデータを出すところまで研究が進みました。

次のステップとして考えているのは、制御の向上です。現在、工業炉に関するほとんどの研究では、燃料供給量を一定の条件に保った燃焼環境下で研究が扱われています。将来、エネルギーを効率よく利用していくために、燃料供給量を制御しながらも安定した燃焼環境が維持できるように制御を向上させていきたいと考えています。この点についても、工業炉から出るガスの評価がとても重要なので、MEXAを活用しながら研究をしています。

NOxとアンモニアの共存領域を排ガス分析装置MEXAで確認したデータ

Episode 4: 分析結果が切り拓いたアンモニア燃焼のポテンシャル

赤松先生: 研究成果が徐々に出てくることにより、対外的に発表する機会も増えていきました。するとアカデミックな研究者よりも民間の研究者からお声をかけていただく機会が増えていきました。アンモニア燃焼にはさまざまな意見もありますが、それを実用化し地球環境に貢献できる燃焼技術を実現したいと感じておられる企業の方が多いことを実感しています。
現在では、複数の企業と共同研究に取り組んでいます。工業炉でのアンモニア燃焼実用化に向けて、実際に工業炉を使われるメーカーや、炉を作っているメーカーからいただく企業目線でのご指摘は大変貴重で、うれしく感じています。そうしたメーカーから工業炉として使用する際の具体的な現場でのニーズや、現状と課題を知ることができます。こうした大学の研究室目線だけでは気づくことが難しい数々の因子に対し、大学と企業が知恵を出し合うことでアンモニア燃焼の実現に近づくことができると信じています。
アンモニア燃焼の研究が進み、今では燃焼効率も改善され、排出されるエミッションはレギュレーションの範囲に入るところまで成果を出しています。この先の実用化に向けては、さらにレベルを上げる必要があります。
例えば、まだ加熱効率と二段燃焼条件との関係は解明できていませんので、加熱効率をさらに向上させる方法も開発していかなければならないと考えています。

Episode 5: 燃焼技術がつなぐ未来、技術の可能性

中塚先生: この先、私たちの研究が日本の未来につながっていくことを願っています。未来というのはカーボンニュートラルを達成して、かつそこに燃焼技術がきちんと適材適所で使われている世の中をイメージしています。

赤松先生: アンモニアの活用事例として、燃料電池でもアンモニアを直接原料として利用した発電に成功した事例もあり、アンモニアの活用範囲はますます広がっています。さらにこの先、アンモニアの他にもさまざまな燃料を利用したエネルギーの選択肢が増えてくると考えています。例えば、回収したCO2を水素と化合させるメタネーションや、CO(一酸化炭素)と水素から化石燃料と同等の燃料を合成するフィッシャー・トロプシュ合成などが考案されています。
また、CO2の分離・回収をサイクル化したポリジェネレーションといった燃焼技術の進展にとどまらず、安全なエネルギー確保のためには、エネルギーを国外から買うだけではなく、いろいろな選択肢を増やすことが日本の大きな目標になると思います。未来社会において多種多様なクリーンエネルギー供給に貢献できるように、大学や企業といった枠を超えた連携を拡げて燃焼の可能性を探っていきたいと思います。

 

(インタビュー実施日:2023年12月)

※掲載内容および文中記載の組織、所属、役職などの名称はすべてインタビュー実施時点のものになります。

注釈


※1)改質:石油、ナフサ、ガソリンなどの炭化水素の組成・性質を分子量の小さい分子に改良すること
※2)ホットサンプリング:ガスクロマトグラフィーの注入法の一種で、試料気体中のH2Oが凝縮しないように100℃以上の高温でカラムに試料気体を導入する方法
※3)二段燃焼法(リッチ・リーン2段燃焼法):第一段階では、アンモニアの濃度が高い(リッチな)状態で燃焼させ、この段階で発生したNOxを周囲の未燃アンモニアによって直ちに還元させNOx発生量を抑え、第二段階で燃焼器の途中から再度空気を送り、アンモニア濃度が薄い(リーンな)条件で未燃アンモニアを燃やし切る燃焼法

Profile

赤松史光(あかまつ ふみてる)
大阪大学 大学院工学研究科 教授 

[略歴]
1991年3月 大阪大学大学院工学研究科修士課程修了
1991年4月  大阪大学工学部助手
1996年1月  工学博士(大阪大学)
1997年10月より一年間 カリフォルニア大学アーバイン校客員研究員(文部省在外研究員)
2000年12月  大阪大学大学院講師
2003年4月  大阪大学 大学院工学研究科 准教授
2003年4月~2005年3月  独立行政法人産業技術総合研究所招聘研究員(併任)
2007年11月~2010年3月 大阪大学サステイナビリティ・サイエンス研究機構 准教授(併任)
2008年7月 ~現在 大阪大学 大学院工学研究科 教授
2018年4月~2021年3月 東京大学 大学院 工学研究科 機械工学専攻 連携教授(併任)

中塚 記章(なかつか のりあき)
大阪大学 大学院工学研究科 機械工学専攻マイクロ機械科学部門 燃焼工学領域
特任研究員(常勤)

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