分光エリプソメトリー(Spectroscopic Ellipsometry: SE)は、入射光と反射光の偏光の変化量を波長ごとに測定し、得られた測定データをもとに光学モデルを作成、フィッティング計算をすることにより薄膜の膜厚(
白色光を直線偏光にして斜めからサンプルに照射すると、その反射光は一般に楕円偏光に変わります。分光エリプソメトリーはサンプル構造を反映した偏光状態の変化を、光の波長ごとに検出します(図1)。
図1:分光エリプソメトリーの概要図
入射光と反射光の偏光状態の変化(フレネル振幅反射係数比:
分光エリプソメトリーはサンプル表面で光を反射させる方法のほかに、光を透過させて偏光状態の変化を測定する方法もありますが、一般的に行われる分光エリプソメトリーは反射による測定がほとんどですので、本文では反射による分光エリプソメトリーを前提として説明します。
図2に分光エリプソメトリーでわかることを示します。分光エリプソメトリーでは、バルクの光学定数、表面粗さ、薄膜の膜厚、光学定数(
分光エリプソメトリーは光を使った分析手法で非破壊・非接触で測定できることから、研究開発の用途のみならず、工場での製品や品質の管理目的にも使われています。
図2:分光エリプソメトリーでわかること
薄膜の厚みを評価する手法にはいくつかの種類があります。代表的なものを表1にまとめました。以下にそれぞれの特徴を説明します。
(a) 電子顕微鏡を用いた断面観察による評価
走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope: SEM), 透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope: TEM)などの電子顕微鏡を使い、断面観察を行うことで薄膜の膜厚を求めることができます。この方法では高倍率でサンプル断面を観察でき、画像を見て膜厚が求められる、あらゆる種類の膜に適応する事ができるという長所がありますが、一方で断面出しをするためにサンプルを破壊する、導電性を持たせるために蒸着しなければならないなどの前処理が必要になるという短所があります。また観察範囲がμmオーダーであり、他の分析手法と比較して非常に狭くなっています。
(b) 触針式段差計による評価
触針式段差計は先の尖った針で表面をなぞり、段差の大きさを測定する装置です。これを使い、薄膜が成膜されている部分とされていない部分の段差を測定することで、薄膜の膜厚を求めることが可能になります。一方で基板との段差を測定する事により膜厚を測るため、全面的に成膜されたサンプルは段差が無いため測定できず、品質管理の用途には向いていません。また針でなぞるため、有機材料のような軟らかいサンプルは表面が削られ、膜厚が薄くでることがあります。
(c) 深さ方向の元素分析プロファイル測定による評価
二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry: SIMS)やグロー放電発光分光法(Glow Discharge Optical Emission Spectroscopy: GD-OES)はスパッタリングをしながら、深さ方向に元素分布の分析を行う手法であり、膜厚測定は元素分布を定量化することによって可能になります。ただし膜厚を求めるにはスパッタリングレートを知る必要があり、その確認のために同じ材質で膜厚が既知であるサンプルを測定する必要があります。またスパッタリングを行うため破壊測定になります。
(d) 分光反射式膜厚計による評価
分光反射式膜厚計(光干渉式膜厚計)は垂直方向から光を照射して、入射光と反射光の強度比(反射率)
(e) 分光エリプソメトリーによる評価
分光エリプソメトリーは偏光状態の変化を測定し、サンプル構造を表した光学モデルを作成して、シミュレーションデータを測定データにフィッティング計算をすることにより、非破壊・非接触で膜厚と光学定数(屈折率と消衰係数)を測定する分析手法です。反射強度に依存しない波長ごとの振幅比
表1:膜厚測定方法の比較
膜厚測定方法 | メリット | デメリット |
(a)電子顕微鏡による断面観察 |
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(b)触針式段差計 |
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(c)深さ方向元素分析プロファイル測定 |
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(d)分光反射式膜厚計 |
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(e)分光エリプソメトリー |
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私たちの身の回りにある光は、電気的、磁気的な性質を持つ電磁波の一種であることが、マクスウェルによって示されております。屈折率はこの光(電磁波)が物質中を伝わる速さを表す値です。屈折率は以下の式で定義されます。
ここで
図3:物質中での光の波長の変化
物質に吸収がある場合は屈折率nを複素屈折率
ここで
吸収が無い物質(
図4:吸収がある物質での光の伝播
物質内の吸収による光の強度の変化は、以下のベールの法則によって示されます。
吸収係数
この吸収率
この方法は主にガラスなどの透明材料や、吸収があっても十分薄い(半透明)バルクサンプルで用いられています。しかし、測定波長範囲において完全に不透明なバルクサンプル(金属やSiウェハなど)では光が吸収されてしまうため、透過率測定から吸収係数を求めることはできません。
一方で薄膜サンプルの場合は薄膜で吸収される光の量が非常に少ないため、透過率測定から吸収係数を計算することは難しいです。分光エリプソメトリーは反射による測定、膜の最表面に特に敏感なため、このような薄膜サンプルの吸収係数を求めるのに望ましい装置だと言えます。
サンプルの表面に光を照射すると、反射光の強さは屈折率によって変わります。例えば、金属やSiウェハなどの屈折率が大きい材料は、表面からの反射光の強度は高くなり、ガラスなどの屈折率が低い材料は、反射光強度が小さくなります。垂直方向から光を照射したときの反射率
ここで
ここで
このように、材料の屈折率はサンプル表面、あるいは界面での光(電磁波)の挙動に大きな影響を与えます。
誘電率は物質に外部から電場を与えたときに、物質中の原子がどのように応答するかを表す値であり、物質の電気的特性を示します。誘電率と屈折率の間には関係があることから、物質に光(電磁波)を照射すれば、誘電応答により屈折率がわかります。電磁波全般として考えると、屈折率は以下の式で表されます。
ここで、
誘電率も屈折率と同様、物質に吸収がある場合、複素誘電関数
式(12)は以下の式で表すこともできます。
ここでε1は複素誘電関数の実数部、
またk=0の場合、
太陽や蛍光灯などの光は、360度あらゆる方向に振動しています。これに対し、特定の方向に振動している光を偏光といいます。偏光状態は電場の直行する2つの成分の振幅と位相差によって決まり、図4のとおり3つの種類があります。
図4:偏光の種類
(a) 直線偏光
光(電磁波)の2つの成分
(b)円偏光
2つの成分の振幅が一致し、位相が90度ずれている場合、光の振動方向は時間が経過すると、規則的に回転します(図4(b)ベクトルの先端は円の軌跡を描きます)。この状態を円偏光と言います。
(c)楕円偏光
2つの成分の振幅と位相がともにずれている場合、光の振動方向は時間が経過すると、楕円形状に回転(回転しながら振幅も変化)します(図4(c)ベクトルの先端は楕円の軌跡を描きます)。この状態を楕円偏光と言います。